何故彼がそこにいたのか、その理由を誰も知らない。

 あの日彼が何処へ消えたのか、その行き先を誰も知らない。



 動かない柱時計。

 止まったのは、彼の時間。





 S1.Ahead short length darkness.





「――― 振り返るとそこには、捨てた筈の人形が・・・・・・」

「怖ぇ! お前の顔が近すぎて怖ぇ!」

「そこなんだ・・・・・・」



 ガタガタ震えているピーターの横で、リーマスが呆れたように呟いた。

 はその向かいで苦笑いしている。

 シリウスから顔を離して正面に座り、ジェームズは大仰に反り返った。

「ったく、シリウスったら。怖くなかった? 僕、結構頑張ったのに。雰囲気出したのに。

ねぇ? 怖かったよね? 

「はいはい。怖かったよ」

「ホラ見ろ。も適当にあしらってるじゃねぇか」

 何で俺だけ文句を言われるんだ・・・と不貞腐れるシリウスの横で、ピーターは、うーっと唸った。

「怖かったよ・・・すっっっごく怖かったよ、ジェームズ。

ね? だからもうやめようよ、怪談大会なんてさ・・・」

 平然としている四人に混じって、一人だけ場違いのように震えているピーター。

 誰からとも無く笑い声が漏れる。

 ジェームズは笑いながら手を伸ばし、ピーターの肩を叩いた。

「だーいじょうぶだって、何も出やしないさ。続けよう、次は誰だっけ?」

「シリウスだよ」

 リーマスが即答する。そしてふと目の前のに目を遣った。

「あれ? カレッジは?」

 問われてが周囲を見回すと、確かに、談話室の中にカレッジの姿が無い。

「ん? あぁ・・・何処行ったんだろう。さっき話の途中で肩から降りたのは分かったんだけど・・・・・・

心配しなくても、眠くなったら戻ってくるよ。シリウス、始めて」

 いつものように人を安心させる笑みを浮かべる

 対してシリウスは、片眉を上げて不敵に笑った。

「いいのか? カレッジが居なくても。言っとくけど俺の話は怖いぜ? ジェームズのとは比べ物にならないくらい、な」

「あっ、酷いよシリウス」

「うるせぇ。お前が喋ると何でも笑い話にしか聞こえねぇんだよ」

 より怖い話、と聞いて既に半泣き状態だったピーターも、二人の漫才のような会話には笑ってしまった。

 クスクス笑いながら、は言った。

「大丈夫だよ、呼べばすぐに来るから。遠慮しないでどうぞ」

 シリウスは肩を竦めた。

 談話室には、彼ら以外に誰も居ない。

「俺が五歳の・・・ハロウィーンの日だ。俺は母上と、弟と一緒に」

「弟、居るんだ」

「口挟むなって、ジェームズ。居るよ、一人。

俺はその日、の家に遊びに行ったんだ ―――」









 ただでさえ壮大な屋敷が、更に豪華になっている。

 もともと陰気ではない建物なのに暗い雰囲気が漂っているのは、ハロウィーンの魔力、とでも言うべきか。

 シリウスは吹き抜けになっている玄関ホールの天井を見上げて目を瞬かせた。

 暫くぼーっとしていると、袖口を引っ張られた。

「シリウス、どうしたの? 天井に階段はないよ?」

 小さなが小首を傾げて見上げてくる。

 この頃の女の子は大抵男の子よりも大きいものだが、彼女はレギュラスにも背を抜かれてしまうくらい小さかった。

「あー・・・うん。あの天井の包帯、誰がやったのかなって思ってさ」

「あれ? あそこはママ」

「私がどうかした?」

 二人が振り返ると、そこにはがそのまま大きくなったような外見の女性が立っていた。

 の母、シャロンである。

 彼女は大きなカボチャを抱えて微笑んでいる。

「わぁ! ママ、このカボチャどうしたの!?」

「でっけー!」

「今日のパーティーで使うのよ。このカボチャはママが料理するんだから、二人とも、ちゃんと食べてね」

 そう言ってにっこり笑ったシャロンは、思い出したように付け加えた。

「あ、そうそう。近くの部屋に、卵くらいの大きさの小さな燭台があるの。

の方の家紋が入ってる、銀の燭台よ。

ママ達、今手が離せないから、二人が取ってきてくれない?」

 シリウスとは顔を見合わせた。

「うに、分かりました、ママ。行こ、シリウス」

「助かるわ。シリウスも、ありがとう」

 綺麗な金色の長いウェーブヘアが、優しく、流れるように揺れた。

 に手を引かれ、歩き出そうとしたシリウスだったが、ふと振り返ってシャロンを呼び止めた。

「おばさん」

「何かしら?」

 シリウスは、天井を指差した。

「あれ、カッコイイ。あーゆーの好きだよ」

 ふふっとシャロンは笑った。

「まぁ、ありがとう」







ー、これだろー?」

 上部からは蔦が紡錘形に下り、下部では命の水がしぶきを上げる。

 その上に佇む一頭のユニコーン。

 家の家紋を捺された小さな小さな燭台は、シリウスの手により箱から出された。

 がてててっと走り寄る。

「たぶんこれだね。持ってこうよ」

「おう。そのあと探検しようぜ」

「うん、レギュラスも連れてね」

 早速部屋を出て、二人は廊下を歩き出す。

 何個目かの甲冑の前を通り過ぎたところで、が声を上げた。

「あ、この前あたらしい部屋をみつけたよ。でもね、パパはもうそこを知っていたの。

後で行こうよ、すっごく大きなお部屋でね、パイプオルガンがあったんだよ」

 シリウスは目を真ん丸に見開いた。

「すっげー! なんか教会みたいだな!」

「昔はね、そういうこともやってたんだって。でね、その時代に人が一人・・・・・・どうしたの?」

 楽しそうに話を聞いていたシリウスが、ふと、一つの扉の前で立ち止まった。

 少し先を行ってしまったも、そこまで引き返す。

「どうしたの?」

 問いかけにも答えず、シリウスはほんの少し開いているその扉をしげしげと眺めている。

 やがて、眉をひそめて呟いた。

「なぁ、さっきこのドア閉じてたよな?」

「さぁ・・・? あたしこんなところにドアがあったなんて、今気付いたよ」

 その言葉を聞いて、シリウスはそっと中を覗き見た。

 そこには下に続く階段が伸びている。そして、壁には火の灯った蝋燭が、明かりとして幾つも置かれている。

 二人は暫く顔を見合わせた。

 ごくりと唾を飲むシリウス。おずおずと切り出す。

「・・・行ってみようか」

「・・・う、うに」







 銀の燭台を扉の脇に置いて、シリウス、の順で、二人は階段へと足を踏み入れた。

 薄暗い階段は、いつも使っている地下室への階段よりもずっと長かった。

「これ、どこに行くんだ・・・?」
 
 シリウスが不安そうに呟いた。

 彼の背中にしがみつきながら、は首を捻る。

「にゅう・・・わかんない。地下室より下に、部屋があったんだ・・・あたし知らなかったよ」

「でもこの家、おじさんでも分かってない部屋、たくさんあるんだろ?」

「うん、この前、そう言ってた。・・・あ、れ?」

 が左右を見た。下りきった所で、左右に廊下が伸びている。

 左側の廊下の先には柱時計が、右側の廊下の先には洋服箪笥らしきものが、それぞれ置いてある。

「どっち行く?」

 シリウスは、顔を前に向けたままに尋ねた。

 尋ねられた方も、顔を前に向けたまま横目で周囲を確認する。

「・・・ひだり」

「オーケー。行こう」

 ゆっくり、背後にも神経を研ぎ澄ませながら、二人は左側の廊下に進んだ。

 蝋燭の間隔が、だんだんと離れていく。

 廊下は思ったより長い。

 薄暗い中で、大きな柱時計は、振り子の動きを止めていた。

「これ、動いてないね」

 はそっと手を伸ばす。

 垂直に降りているはずの、振り子を覆うガラスにさえ埃が積もっていた。

 が埃を拭っている間に、シリウスは自分達が歩いてきた方向を見遣った。

 二人分の足跡が、埃の上についている。

「きったねー・・・どれくらい掃除してないんだろう」

「さぁ・・・ん?『ジャック・ホルスト』・・・?」

「誰それ」

 ガラスに刻まれた名前を、は不思議そうに撫でた。

「時計に彫ってあるんだもん。きっとこれの持ち主なんだよ」

のものじゃない時計が、なんでこんな所で埃かぶってんだ?」

 訝しげに時計を見つめ、トントンと軽く叩く。そしてシリウスは肩を竦めてそう言った。

 は執事見習いのジョンを思い出した。

「ジョンはお家から椅子、持ってきてたよ? ずっと昔の使用人さんの宝物なんじゃない?」

 眉をひそめ、シリウスは首を傾げた。

 蝋燭の炎が、小さな音を立てて揺れた。

「・・・先、進むのやめるか?」

「どうしよう・・・・・・」







「おや、どうされました?」







 二人はガバッと勢いよく顔を上げた。

 柱時計の更に奥、廊下の曲がり角の近くに、上品なタキシードに身を包んだ老人が立っている。

 その格好は、ジョンを指導している現・執事にそっくりだ。

「あ・・・その・・・・・・」

 シリウスは言い淀みながら一歩、足を退けた。

 にこやかに微笑むその老人に、は琥珀色の大きな瞳で問う。

「おじいさん、今日のパーティーのお客さまですか?」

 老人は少し目を見開いて驚いたように笑った。

「おや。お嬢さま、もうお忘れですか?

私めは先日から、このお屋敷に勤めさせていただいている使用人ですよ」

 からかうようににっこりした老人を見て、は小さく首を傾げた。

「にぅ・・・ごめんなさい、忘れちゃってたみたい」

「じいさん、ここで何やってんだよ、掃除でもしてんのか?」

 シリウスは敵愾心むき出しの形相で問いただした。

「ええ、ご主人様に命じられましてね。お二人は探検ごっこの途中でしたかな?」

「ああ・・・まぁ、そうだけど・・・」

 相も変わらず老人を睨みつけるシリウス。

 は諫めるように、服を引いて小声で囁いた。

「シリウス、ちょっと・・・お年寄りはえっと・・・敬わなくちゃいけないって、ママ言ってたよ」

 老人は苦笑する。

「ここは埃っぽいですからね。お二人は早く上に上がったほうがいいかもしれません。

灰色になってパーティーに出るのはみっともないですからね。私は掃除を続けますので・・・」

 一礼し、老人は角を曲がって暗闇に消えた。

 しかしシリウスは依然、前方を睨み続ける。

 蝋燭の炎が、小さな音を立てて揺れた。

「ねぇ、シリウスってば」

 はシリウスの服を、強く引っ張った。



「・・・・・・戻ろうぜ」



 いきなり振り返っての手を掴み、強引に引っ張りながら、シリウスはもと来た道を早足で戻り始めた。

「ね、ねぇ、どうしたの?」

「お前、アイツほんとに見たことあんのか?」

「・・・え?」

 は記憶を遡る。

「でも、うちたくさん人居るから・・・」

「使用人の名前を間違えたこと、無いだろう? お前」

 確かに、は何十人と居る使用人の名前を間違えたことは無い。

 そんな理由で彼女は屋敷中の人間から愛されて育ってきた。

 新顔の使用人には何日も付き纏い、どうにか仲良くなろうとする。

 が使用人の名前を把握していないなど、ある筈が無いのだ。

「でも、シリウス」

「でもじゃない。あいつは、ゴーストみたいに銀色じゃなかった。けど・・・見ろよ」

 シリウスは立ち止まって振り返った。

 時計の先の廊下を指差す。

 その埃の積もった床には・・・・・・





「足跡が無い」







「・・・!!」



「急ごう。誰か、人を呼ぶんだ」

 二人は廊下を走り出した。

 蝋燭の間隔が、だんだん縮まってくる。

 はふと、後ろを振り返った。

 走り、通り過ぎたところから、蝋燭の炎が消えていく。



 一寸先は闇。



 ヒッと息を呑み、は顔を前に戻した。

 階段まであと少し。

 それなのに、シリウスがまた立ち止まった。は彼の背中にぶつかる。

 疑問に思って横から顔を出すと、奥の洋服箪笥らしきものの近くに、人影が見えた。

 にっこり笑う姿は、先程、角を曲がっていった時のまま。



「おや、まだ居らしたのですか?」



 二人は固まってしまって、動けない。

 後退しようにも、後ろは闇ばかり。

 だんだん笑みを深くする老人。ゆらりゆらりと近付いてくる。

「時計のほうに進んで、正解でしたね、二人とも。

あの箪笥の中に眠る、私の亡き骸を目にすることが無くて」

 老人は、一度止まってにやりと笑った。

 シリウスは震えながら、を庇うように仁王立ちした。

「ここの地下で、私は随分長い間一人だった・・・・・・道連れが居るのも悪くない」

 不気味な陰影が宿る。

「走れ!!」

 自分に喝を入れるようにそう怒鳴り、シリウスはの手を引いた。

 老人も、遠い廊下の向こうから、滑るようにやってくる。

 シリウスは階段にを押し込み、その背を押した。

 二人は無我夢中で階段を駆け上がった。



 シリウスの耳元で、声が聞こえる。

「逃げても無駄だ。この屋敷と共に生きている・・・我が名はジャック。ジャック・ホルストだ」

 振り返らずとも、シリウスには老人の顔が自分の耳の隣に近付いているのが分かった。

 は先に扉の向こうへ戻っている。

 シリウスは目を瞑って、最後の階段に足をかけた。







 開けっ放しの扉の外では、が座り込んで泣いている。

 シリウスはその横に座り込んだ。

 息を整え、銀の燭台を手に取ると、金属の冷たさが、少しだけ頭を冷やしてくれた。

 影が落ちる。

「何やってるんだ、そんな埃まみれになって・・・」

 その呆れたような声は、当主、ウィリアムのもの。

 がパッと顔を上げる。シリウスも縋るように見上げる。

 二人は同時にウィリアムに飛びつき、泣き出した。





「ジャック・ホルスト、か・・・」

 泣きつかれて眠ってしまったの横で、シリウスはウィリアムに事の次第を説明した。

 ウィリアムは難しい顔で考え込む。

「おじさん、知ってるの?」

「何処かで聞いたような・・・・・・待て、柱時計と言ったか?」

「う、うん」

 急に思いついたように、ウィリアムは手にしていた羊皮紙の束を捲りだした。

 一番上の紙には「家の歴史」とある。

 やがてウィリアムは、一枚の羊皮紙を読み上げた。

「これだ。――― 1547年、屋敷内で使用人が一人行方不明に。使用人の名は、ジャック・ホルスト。

日課であった地下の掃除より後の消息が不明のため、死亡したものとして処理されている。遺品は柱時計―――」

「死亡・・・」

 しかし、ゴーストでもないなら、あれは―――あのジャック・ホルストは――― 一体なんだったのだろうか。

 シリウスは、背筋に冷や汗が伝うのを感じた。

 ところで、とウィリアムはシリウスに尋ねる。

「お前達が出てきた扉というのは、一体どれのことなんだ?」

「え? だから、この後ろの扉」

「そこは私の曽祖父の代からずっと封印されたままだぞ」

 そんな筈はない、とシリウスは怒った。

「この扉だって! ほら、まだ開いて・・・・・・」

 シリウスは振り返る。

 鳥肌が立った。

「・・・いつ閉まったんだよ・・・」









 談話室には、彼ら以外誰も居ない。

 ジェームズが頬を引きつらせた。

「・・・えっ・・・マジ?」

 リーマスが曖昧な笑みを浮かべて視線を逸らす。

「・・・何ていうか・・・怖っ」

 はいつの間にか呼び出したカレッジを抱きしめた。

の家か・・・遊びに行くのは遠慮しようかな・・・」

 ピーターにいたっては顔面蒼白で言葉も無い。

 シリウスは、苦笑いを浮かべた。

「言ったろ? 怖いって」

 静かな談話室で、四人は黙って頷いた。

 時計の針が、夜中の一時を指している。
 
 空気を変えるように、ジェームズが立ち上がった。

「さあ、もう寝よう! 明日も早いしね!」

 続いてリーマスとが立ち上がる。

「寝坊したら困るしね」

「リーマスはいつも寝坊するけどね」

 の言葉に乾いた笑い声を上げたのはピーター。

 無理して笑おうとしているのが丸分かりだ。

 しかし、話し手だったシリウスも含め、残る四人も心境はピーターと同じ。

 五人はしばらく、わざと大きな声で笑っていた。



 やがて、ジェームズが言った。

「寝室に戻ろう」

「そうだな」

 いつものように、ジェームズとシリウスを先頭にして、五人は階段へと歩を進めた。

 すると、女子寮の階段から、が下りてきた。

「うにぃ・・・・・・」

 が驚いて声をかける。

「あれ、どうしたの? 

 は目をこすりながらも、怒ったように言った。

「む・・・ちょっとだけ五月蝿いよ・・・」

 五人は気まずそうに顔を見合わせる。

 ジェームズが済まなそうに、顔の前に手を立てた。

「ごめんごめん、今静かにするから」

「うん・・・何やってたの?」

 シリウスは肩を竦めて、に話した。

「怪談大会してたんだ。お前も覚えてるだろ?

 あのハロウィーンの日の、地下室のジャック・ホルスト。開かない扉の、柱時計の爺さんだよ」

「開かない扉?」

 不思議そうな目で、はシリウスを見つめた。

「何それ」

「は? ホラ、お前んちの第二資料室の横の扉だよ。ハロウィーンの日にあそこに入ったじゃん」

 沈黙が流れた。

「シリウス、寝ぼけてるんじゃない?」

「寝ぼけてねぇよ」

「寝ぼけてるよ」

 は琥珀色の大きな瞳を、ぱちぱち瞬かせた。







「だって、そんなところに扉なんか無いもん」









《END》









 お持ち帰りは香月潤さまのみとさせていただきます。

 リクエスト、ありがとうございました!

 2006.10.25  夜曇依都



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